CALENDAR
S M T W T F S
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031    
<< July 2018 >>
CATEGORIES
ARCHIVES
SELECTED ENTRIES
RECENT COMMENT
LINKS
MOBILE
qrcode
スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています



| - | - | -
そう思えることが心地よい5月。
なんでもいいよ。
どうでもいいよ。
そう思えることが心地よい5月。
ずっとね
あれがいいあれじゃなきゃイヤだダメだって
自分でもなんでそこまで?って思うくらい
いろんなものに執着してきたから
それがなくなると人生の温度はグッと下がる。
けど外の気温が高い日には
それくらいがちょうどいいこともあるよね。

なんでもいいよ。
どうでもいいよ。
歌うように考える5月。
たまにはギアをローに入れて
徐行運転したっていい。
そしたら周りの景色が見えるし
息だってつける。

涼やかに肌を撫でる風。
柔らかいヴェールのように揺れる木漏れ日。
伏せたまつ毛で感じる陽射しのきらめき。
芽吹く緑の色濃い香り。
遠くまで透き通る小鳥のさえずり。
五感を満たす生命、生命、生命。

なんでもいいよ。
どうでもいいよ。
この圧倒的な美しさの前ではもう
私はすべてを許せてしまう。
そんな生命が私の中にもちゃんとある。
世界と自分が溶け合って
ひとつの健やかな生命であると思える。
この圧倒的な万能感の前でただ
ただ、私は幸福を噛み締めている。


| ;) | comments(0) | -
ほんのわずかだよ、でもかけがえのないものだよ。
足りないもの探しはやめよう。
足りなくて当たり前なんだからさ。
一体自分がどれだけのものを
持てていると思ってるの?
ほんのわずかだよ、でもかけがえのないものだよ。

yukoは挫折を知らない、と母は言う。
その通りだと思う。
私の人生はほぼほぼサニーサイドでできていて
ダークサイドに紐づく記憶が極端に少ない。
それは単なる記憶の問題なのか
私の受け取り方の問題なのか
そもそも不遇や不運が本当に少なかったのか
自分自身では判別できない。
でもプラスのエネルギーに満ちた自分が
少なくとも私は大好き。
そのせいで他人の痛みを理解できなかったとしても
それは私の問題ではない。
(もちろん誰の問題でもない)
痛みなんて元々抱える人によって千差万別。
「同じ悩み」は存在しないし
ただどれくらい似ているかの背比べでしかない。

逆に言えば誰とでも
共感し合えるポイントは必ずある。
世の中を0と1に分けるだけでは
見えてこない感情もある。
ここは分かる、ここは分からない
でもここは分かるような気もするし
分からないような気もする。
それでいいと私は思う。
もっと言えば分かっても分からなくても
どちらでも構わないと思う。
人と人がつながるときに
共感は確かに大切だけど
決してそれがすべてではない。
共感より切実な理由は山ほどあって
この人といたい、その理由が何であっても
人が人を必要とする想いは等しく尊い。

私は足りないものだらけだし
だからこそこの先まだまだたくさんの
新しいものを手にすることができる。
私はそんな自分の余白に
今もこれからもワクワクするよ◎



| ;) | comments(0) | -
でもちゃんと今を見るんだよ。
やりたいことが多すぎて
たまに爆発してしまいそうになる。
いつも優先順位のリストを頭に描いて
上からやるようにしてるから
日々の満足度自体は高いし
後回しにしているうちに死ぬのだけは嫌だから
下のほうまでまんべんなく...と思うけど。
たまに何ひとつ重要なことができていないような
気がしてしまったり
すべてを取り逃がしているような
気がしてしまったり。
100%ただの気のせい。
私は私のためにできていないことも
確かにあるけどできていることも必ずある。
だからマイナスを取り除こうとするんじゃなくて
プラスを積み重ねていこう。
自分のマイナスはマイナスとして受け入れる。
その上でプラスを増やせばいつか必ず
総合的にはプラスになるのだから。
私はいつでもそうやって
あらゆることをプラスにしてきたのだから。
もっと長い目で見るんだよ。
でもちゃんと今を見るんだよ。
この2つの視点が私を必ず
理想の私に引き合わせてくれるから。



| ;) | comments(0) | -
日々の生活に何ひとつ欠けたものがなくても。
日々の生活に何ひとつ欠けたものがなくても
人間であるということ自体がそもそも大きな欠損で。
みんなそうだから、という事実は
個人の苦しみや痛みとはまったく
無関係なのだということを私たちは時々忘れる。
同じ条件なら苦しくて当然?痛くて当然?
そんなことないよね。
苦しいものは苦しい、痛いものは痛い。
そこに弱さや強さはない。
苦しい、痛いという現実に苦しむ人がいるなら
それは丸ごとその人だけのもので
他の人がとやかく言えることではない。
大したことないなんて、贅沢な悩みだなんて
言うのは自由だけど、想像力がなさすぎる。
それと同時に、自分の苦しみや痛みが
他人に理解されるという前提で行動するのも
同じくらい想像力のないことだ。
残念だけど、それもまた人間の欠損だから
仕方ないし挙げていけばキリがない。
私たちはもっと仕方ない
どうしようもないことの存在を認めるべきだし
そういう欠損からくる原因のない苦悩や
解決策のない悲しみがあることを
少なくとも分かっているべきだと思う。
人間は賢い、人間はしぶとい
だけどそれはあくまでも人間の圧倒的な無力さを
カバーするための能力でしかないことを。
私たちは本来矛盾だらけな命なのだということを。
世の中とは今自分に見えている世界の
外側にあるものなのだということを。
私は自分のできる精一杯で
学び続けていきたいと思う。



| ;) | comments(0) | -
生きていくのが望み通りじゃなくても。
andropのニューアルバム
cocoonの中に入っている
Memento mori with Aimerの中に
こんな歌詞がある。

「生きてるのが望み通りじゃなくても
(中略)
生きてるんだよ その命ちゃんと見してよ」

この、望み通りじゃなくても
っていうフレーズを耳にした瞬間
なぜか泣けて泣けてしょうがなかった。
私は何でも自分の思い通りにしたい。
思い通りにならなきゃイヤで苦しくて
自分で自分の首をしめていると感じることが
最近少しずつ増えていた。
もちろん圧倒的に幸せなのだ。
それはもう一生変わらないのだ。
でもその上でもう消えてしまいたいとか
すべてをなかったことにしたいとか
思うこともあるのだ人間だもの。
でもそんなグチャッとした気持ちにこの
「生きてるのが望み通りじゃなくても」が
本当にスーッと沁み渡った。
最初は歌詞を見ていなかったから
耳だけで聞いて
「生きていくのが望み通りじゃなくても」
かと思っていて
だから余計にシンクロしたのかもしれないけど
あぁこんなに救われるんだなぁって
たったひとことで、たったワンフレーズで
こんなにすべて許されたような気持ちになるんだなぁって
久しぶりに音楽で心を解放してもらいました。

実はこの曲だけじゃなくて
同じアルバムのCatch Meっていう曲にも
こんな歌詞がある。

「時間に追われる日々
それでも変わらない日々
今なら向かい側のホームに飛べそう
「人生は一度きり」分かってる」

内澤さんがどういうつもりで
これを書いたのかは分からない。
でも私はもう自分を終わりにしたいと思うとき
でも終わったら本当に終わるんだって
当たり前のことだけど思って踏みとどまる。
人生は、命は一度きりだからね。
一度終わればそれでもう何もなくなる。
そう思うと安心できて
終わる前にもう少し蛇足で生きようか
なんてね、結局そんなおまけみたいなもんなんだ
私が今生きてる日々って。
だからこそ好き勝手にできるんだ。
でも本当はそこまで潔く
いつ終わりにしたって良いって
思えているわけでもない。
結局私は中途半端なんだ。
まだまだ死ぬ覚悟なんてできてないんだ。
だから生きる覚悟もぬるい。
でもそれで良いじゃない。
コレと決めたらそこに向かって突っ走る
そういう生き方はもう十分満喫したよ。
コレと決めてもアレもソレも
全部私なんだよなぁってぼやけるくらいが
今の私には好ましいよ。
覚悟がなくても死ぬときは死ぬ。
だからもう今は無心で生きよう。


| ;) | comments(0) | -
だから今年は自分を信じない。
私はこれまで当たり前のように
自分なら何だって叶えられるし
何だって手に入れられると信じてきました。
正確にはそれがあまりにも「普通」すぎて
信じている自覚すらありませんでした。

でも中には自分の思い通りにならないことだって
あることはもちろん分かってたし
怠け癖や自分への甘さが
私をスムーズに進ませてくれないこともあった。
だから今年はもうあえて
自分をあまり信じない。

身体を絞ることも過食をおさえることも
たぶん私はできないだろう。
きっとどこかで失敗するだろう。
だからこそ対策が必要なんだ。
あらかじめたくさん
手を打っておく必要があるんだ。

1日1個は甘いものを食べることも
はじめから夜食をカロリー計算に入れておくことも
これまでの私ならたぶんしなかった。
甘いものも夜食も我慢すれば良かったから。
すんなりそうできることが多かったから。

でも、我慢できる自分を前提にすることって
本当はちょっとしんどかったんだと思う。
だからたまに異常なくらい暴食しちゃったり
1日の中で1番疲れが溜まる夜に
エンドレスで甘いものを詰め込んだりした。

だから今年は自分を信じない。
無条件に「自分ならできる」なんて思わない。
できない自分でもできる方法を
ちゃんと一緒に探してあげる。
つらかった自分を切り捨てない。
もう大丈夫だよって迎えに行く。
自分の中の自分が1人も
置いてけぼりにならないように。



| ;) | comments(0) | -
年のはじめに思うこと。
今年はね、暴食を予防するために
あえて1日1個は甘いものを食べるルールを
導入しているのです。
昨年の12月から始めてみて
まだ半月も経っていないけど
今のところはかなり良い感じ。
1度にたくさん詰め込まなくても
ちゃんと毎日あげるから大丈夫だよって
身体を安心させてあげるのです。

その一環で、必ず基礎代謝以上のカロリーは
摂取するように心がけています。
摂取カロリーが基礎代謝を下回ると
身体がSOSを出して暴食スイッチを入れてしまう。
私はスリムな身体でいたいけれど
心身ともに健やかでいることのほうが大切だし
暴食を起こさないメンタルを保つことを
今年は割と重視していきたいなと思っています。

そう、私にとって暴食は
太ること以上に気持ちがしんどい。
太った身体は食事管理と運動ですぐ元に戻せるけど
自分をコントロールできなかったことや
折り目正しくいようとする自分を裏切ってしまったこと
それによって傷付いた気持ちは
切り替えたつもりでもふとした瞬間に
ひょっこり私をブルーにする。

マイナスな感情に時間を割く自分が
とてもとても気に入らない。
だから今年はもうやめる。
やめるための助けになることを
ひとつひとつ実行していく。
それらが失敗しても構わない。
また新しい方法を見つけて
試していくだけのことだから。

2018年はこれまで以上に
やりたいことだけをやっていきたい。
なりたい自分を目指して突き進むこと
さしあたって今1番
やりたいことはこれなのだ。
メンタルも見た目も
自分至上最高だと胸を張ろうよ。
望む未来は
そこに手を伸ばし続けた人だけが
つかみ取ることができる。
当たり前のことほど難しい。
でも私は挑戦したい。
心機一転、今年もよろしくお願いします◎


| ;) | comments(0) | -
"大好き" をまた積み重ねていこう。
今年はどんな1年だったかな?

振り返ってみると、今年も意外と旅行してました。
岡山に豊島に伊勢に京都に熱海に岐阜に神戸に...
中でも豊島は心臓音のアーカイブや豊島美術館
絶景レストランにゆるゆるカフェと
もう1回同じコースを辿っても全然良いくらい
最高のひとときを過ごせた場所♪

ライブ・映画・読書の趣味御三家も
通常運転で満喫したし
特に読書は毎年100冊ほどのペースだったところ
この1年は140冊と
例年よりさらに楽しかったみたいですね。

バセドウ病であることが分かったり
それとはまったく関係なく糖質制限を始めたり
ライフスタイルに大きな変化があったことも
今年を語る上で外せないポイント。
糖質制限は7月から始めてみたんだけど
予想外にお肌の調子がとにかく良くって
これまでの人生で今が1番
すっぴんに自信を持てているかも。

これからの人生にワクワクが止まらなくなる
ライフワークも見つけたんです。
沿線カフェコレクション。
これまで使ったことがない駅にも積極的に出かけて
その駅にしかないカフェで
のんびりするひとり時間を持ちたいなぁと思って
路線図の端から端までひと駅ずつ
コレクション(記録)していくことにしました。
もうすでにいくつかコレクション済みで
来年はますますアクティブに出かけたい!

今後の自分を豊かにするための材料を
今年はたっぷり収穫できた。
そんな歳に30という節目を迎えられたことも
嬉しくてジャストタイミングで誇らしい。
来年も楽しくなる予感しかしないね。
次はどんな自分に出会える?
"大好き" をまた積み重ねていこう ;-)


| ;) | comments(0) | -
そのつながりは、とても無敵だ。
「私には夫婦がどんなものなのか分からない」と
友だちが言っているのを聞いて
私にもそれは分からないな、と思った。

ただ、私が旦那さんと結婚しようと思った
決め手をあえてひとつだけ言うなら
たとえ結婚しなくても
私はこの人と一生一緒にいるんだろうなと
ごく自然に思えたから、なんだと思う。

逆説的だけど、
結婚しなければ相手を捕まえておけないだとか
恋人のままならいつか別れてしまうかもしれないだとか
思う相手じゃそもそも無理だ。
結婚しなくても一生一緒にいるってことが
ストンと腑に落ちるような相手だからこそ
結婚できるし結婚したい。

もうひとつ言えば、私は旦那さんと
結婚したから一緒にいるわけではなくて
夫婦だから一緒にいるわけではなくて
一緒にいたいから一緒にいる。
当たり前のことなんだけど、世間では時々
結婚しているから、夫婦だから、っていうのが
一緒にいる理由になると思っている人もいる。
私から見ると本末転倒だけど
そういう人たちはきっと
幸せになりたいから結婚して
結婚したいから相手を探して
相手を探したいから人を好きになるのだろう。
それもひとつの価値観だと思う。
ただ、私はやっぱり逆だと思う。
まず人を好きになって
好きだからこそ結婚を考えるし
結婚と幸せはまったくの別物。
結婚しているかどうかに関わりなく
自分の幸せのために行動できる人は
ちゃんと幸せになっていく。

結婚も夫婦も、言ってみればただのルールだ。
ルールを守ることは大切だけど
ルールがなくても揺るがない2人でいられることのほうが
私にはよっぽど大切で
ルール自体に意味や価値があるとは思わない。
つまり、夫婦でいること自体に
何か大きな意味や価値があるわけではない。
便宜上夫婦と呼ぶならそれでも構わないけど?
っていう、それくらいの感覚で
私は旦那さんと一緒にいる。
その関係性に、ラベルは本来必要ない。
ただひたすら互いが互いを求めていて
一緒にいること以外思いつかないから一緒にいる。
シンプルだけど、シンプルだから
そのつながりは、とても無敵だ。


| ;) | comments(0) | -
好きだ好きだ大好きだ。
これまでしてきた選択に自信がありすぎて
そんな選択ができる自分が好きすぎて
偶然生まれ落ちた環境が恵まれすぎていて
そんな環境に生まれることができる自分が好きすぎて
旦那さんと友だちの存在が本当にかけがえなさすぎて
そんな存在と出会うことができる自分が好きすぎて
もううんざりするくらい自分が好きすぎて
実際うんざりすることもあるけれど
自分のことがこんなに好きじゃなかったら
自分のためにここまで一生懸命には
生きてこられなかったかもなぁとも思うし
これまで自分のためにしてあげたこと色々
思い返すとそれはやっぱり好きだったからで
あぁ私って実は好きな人に尽くすタイプだったのか
そうかそうか私って本当に私が大好きなんだな
ってまた少しだけうんざりして
でも私は誰よりも私のことが好きだから
誰よりも私のことを幸せにできたわけで
これからも幸せにしてあげられる自信があるわけで
そんな自信に満ちた自分のことが好きすぎて
もう一生このループから抜け出すことなんて
できないんだろうなぁと思うんですよね。
できなくて良かったなぁと思うんですよね。
できない自分すら好きすぎるんですからね。
もう一生幸せなんだろうなぁと思うんですよね。
そんなふうに思える自分が好きすぎるんですよね。
そんな自分を好きでいてくれる人のことも
手放しで好きすぎるんですよね。
好きはその他多くの好きを引き連れて
キラキラピカピカとやってくるんですよね。
だから私はこれからも
自分のことを好きだ好きだ大好きだと
思い続けながら生きていきますね。



| ;) | comments(1) | -
(C) 2018 ブログ JUGEM Some Rights Reserved.