CALENDAR
S M T W T F S
    123
45678910
11121314151617
18192021222324
252627282930 
<< June 2017 >>
CATEGORIES
ARCHIVES
SELECTED ENTRIES
RECENT COMMENT
LINKS
MOBILE
qrcode
「死にたい」って、贅沢だな。
「死にたい」って、贅沢だな。
近い将来には死ぬ見込みがなく
死ぬ自覚もない人だけがこの世で唯一
「死にたい」と思うことを許されている。
「死ぬのかもしれない」事実と直面していたり
死を身近に感じざるを得ない人にとって
思えるのはただただ「死にたくない」ということだけだ。
それはたぶん生物としての本能なのだろうし
人間としてのあまのじゃくさなのかもしれないし
そのいずれでもないのかもしれない。

けど、あぁ幸せだなぁと思わない日がない私にだって
死にたいと死にたくないの間でのたうち回ることはある。
のたうち回っているだけまだマシなのだろうし
意地でも生きることにしがみついていたいと思うこともある。
いずれにせよ私はそうやってジタバタするだけで
私自身の生き死にをコントロールできるわけではない。
それは本当に死にたいと思っているどこぞの贅沢者だって同じ。
自分で自分の死をコントロールできるのは
死にたいと思う人ではなく
思うより前に死んでしまえる人だけなのだ。
それは間違いなく悲劇だけど
時々ほんの少しだけ、羨ましいなと思うこともある。
死はそうして私たちの密かな憧れであり続ける。
だからこそ私たちはどうにかこうにか
死に向かって行くことができる。
恐れと憧れが紙一重なのだとしたら
私の死は間一髪で憧れに転んでいてほしい。
見込みも自覚もまだしばらく持ちたくない私は
せめて、そのように祈る。



| ;) | comments(0) | -
私はそれを、愛だと思うから。
本気って何だろう、と時々思う。
本気以上・本気未満っていう境界線は
どこにあるのか、そもそもあるのか。
他人の本気となるとさらに分からない。
行動を起こせていない人を見て
あぁなんだ、本気じゃなかったのかって
思ってしまうという話を前にも書いたことがあったけど
本気なら否が応でも動いてしまうはず、というのは
あくまでも私基準の本気はこうですよっていう話でしかなくて
本気=行動と考えない人も当然いる。

ついでに言えば必ずしも
本気出すこと=正しいことなわけではない。
本気出して過労死しちゃえば本気はただの悪でしかないし
本気を使って引き起こされた状況が
その時々の本気を定義するのかもしれない。
それなら本気はただのツールで
結果的に自分の望む状況を叶えた人が
「あの人は本気出した」って賞賛されるだけのことなのかもしれない。

ひとつだけ確かに言えるのは
Aさんの本気とBさんの本気はまったく性質が異なるものだし
だから比べる意味はないということ。
そしてこれは「本気」に限らないということ。
「努力」でも「幸せ」でも、何でも良いけど
その言葉をどう捉えているかはその人次第。
箱が同じでも中身は違う。ぜんぜん違う。
私たちは便宜上同じ言葉を使わざるを得ないけど
言葉が指し示す先のイメージが完全に同じことなんてない。
いつでもどこかにズレがあって
でもそのズレを普段は意識しないようにしている。
そうしないとコミュニケーションが成り立たないから。
でも、ズレは必ずある。
私たちが意識していてもいなくても、関係なく存在する。
だから私はできる限り、こう思う。
言葉を交わせば交わすほど
そこに生まれるのは理解ではなくズレなのであって
自分には認識できない、積もり積もったズレこそが
コミュニケーションの大部分を占めているんだって。
相手と話して楽しいか楽しくないかはつまり
その人とのズレに興味が湧くか湧かないか
その人とのズレが自分の個性を脅かすか脅かさないか
その程度のものでしかないって。

少なくとも、見えなくてもズレがあることを自覚していると
相手の話を自分が理解できるとはそもそも思わないし
共感できてもそれはあくまで表面上の話だし
共感できるか・できないかという基準で判断しても仕方ないことが分かる。
だから共感できる・できないを超えたところで
人の話に頷けるようになる。
私はこの感覚が結構気に入っていて
相手のことが理解できても・できなくても
関係なくその人のことを好きだと思える気持ちは
この感覚から湧いてくるものなのではないかしら?と思っている。
私には実際、理解できなくても好きな人、というのが数人いて
それって最強の「好き」だと思うから
これからもギュッと抱きしめておきたいんだ。
私自身が両親や祖父母をはじめとする家族から
理解できなくても好きっていう想いの温もりを
たくさんたくさんもらってきたから。
私はそれを、愛だと思うから。




| ;) | comments(0) | -
だから私は執着を捨てない。

執着は捨てたほうが、楽になれるという。

ダイエットはやめたほうが、楽になれるという。


でもそれって、逆じゃないかしら。

たとえばダイエットに執着して

理想の体型を手に入れたとする。

ファッションを楽しめる。

自分が好きな自分でいられる。

私はダイエットを成功させたんだという自信も生まれる。

コンプレックスが解消される。

どうです、楽になれるでしょう。


もちろん、ダイエットをやめたほうにだって

好きなものを食べられる。

好きなだけ食べられる。

幸せは待っていると思う。

でもコンプレックスは残されたまま。

食べても結局罪悪感があって、楽になれない。

私の場合はそんな感じです。


だから私は執着を捨てない。

ダイエットに限らず、執着を捨てない。

諦めたらそこで終わりと思っているわけではない。

終わればまた別の何かが始まるだけであって

本当に終わらすなら死ぬしかない。

死んでもなお死後の世界とやらが始まるかもしれない。

それなら私は今に執着しているほうが

ずっと良い、ずっと楽しいって思うのです。


あの優しい人たちを好きでいること。

0.38mmの黒のジェルインクで日記を書くこと。

緑色を愛すること。

食事をきちんと管理すること。

晩ご飯を作ったら記録すること。

エトセトラ、エトセトラ。


私はこれからも、執着し続けていきます。






| ;) | comments(0) | -
バセドウ病と診断されました。
一昨日、バセドウ病と診断されました。

自分ではいつからそうだったのか、実は分からなくて
今思えば、症状自体はだいぶ昔から出ていたんだけど
まさかそれがバセドウ病の症状だとは思わなかったし
致命的に不自由!ということもなかったから
あまり深く考えていなかったのです。

足の甲〜足首がむくむ。
脈が速い。
いつも暑い。
汗っかき。
すぐに息切れする。
食べてるのに痩せる。
手が震えて字が書けない。
眠れない。
イライラする。

すべてバセドウ病の症状だと
主治医の先生から言われたとき
なんかね、拍子抜けしてしまいました。
中には「これが自分の個性だ」と思っていたものもあったし
思い返せば大学生の頃(8〜9年前?)から
自覚していた症状もある。

特にバセドウ病の人は脈が速くて
私も病院で測ると1分間に140回くらい。
通常は70〜80回ほどらしいから
倍近くあるんだよね。
そうすると、安静にしてても
常にジョギングしてる!って感じになるみたいで
そりゃ暑いし汗出るし痩せやすくもなるよね。
色々納得してしまいました。

しかも私は毎日踏み台昇降運動をしてた上に
4月からはホットヨガにも通ってたし
先生から「よく耐えられましたね〜」って
驚かれた&今後はやめるように言われました。
運動しちゃダメなのはつらいけど
バセドウ病の人にとって
余計な運動は文字通り命取りなのだそうです。
心臓に負担がかかりすぎるんですね...

そもそもバセドウ病は、甲状腺の病気。
甲状腺ホルモンが必要以上に作られてしまう
「甲状腺機能亢進症」の、原因になっている病気なんだって。
なんでバセドウ病になってしまうのかは
今でも分かっていないのに加えて
治療にも数年単位の長い時間がかかるから
難病と言われたりもしている、けど
厳密には国の指定難病ではないし
女性の場合、100人に1人くらいの割合でかかってるから
ぜんぜん珍しくはないんですね。

それに、時間はかかっても治る病気です。
手術して甲状腺を切り取っちゃえば
即治すこともできるらしい。
ただ、手術は首に傷跡が残るし
ひとまず私は薬で治療していくことにしました。
薬でホルモンの値が落ち着けば
日常生活にも支障はないとのこと。
(そもそも私は支障を感じてなかったしね)

いきなり病気の話で
ビックリさせてしまったかもしれないけど
私も結構ビックリしてます。

あと、今回のことで改めて
旦那さんの優しさが沁みて沁みて、沁みました。
「ずっと一緒にいるからね」
「俺にできることがあったら言ってね」
そう言ってくれて、自分でも色々調べてくれて
この人と結婚して良かったな、と思うことばかりです。

バセドウ病は、周りに理解されにくい病気と言われています。
でも私の周りには、私を理解しようとしてくれる人が
たくさんではなくても、確かにいる。
それがね、とてもとても嬉しかったんだよ。



| graves disease | comments(0) | -
歳をとることって、自由になること。
歳をとることって、自由になること。
最近しみじみそう思います。

今思えば子どもの頃辛かったり
苦しかったりしたのは結局
若さゆえの葛藤だった、のかな。
自分とはこういう人間だ
こうでなければならないetc...
自分というものを模索するあまり
首を絞めているのもまた自分だった。

若いんだから○○しなきゃ!
なんていう周りの助言に
若くあることを押し付けられているような
被害妄想を感じたりもして。

結局親に守られている
守られなければ生きていけない自分というものが
とてもとても辛かった、ね。

今だって旦那さんや友だちから
守られていることに変わりはない。
やっぱりひとりでは生きていけない。
でもひとりで生きていけないことを
今は心から嬉しく思う。

こうでなければ!と思った次の瞬間に
でもこういうのもいいよねって
ひらりと身をかわせる自分が好きだ。
AもBもCもぜーんぶ
認めていられる自分が好きだ。

これまでの経験と得た知識と
積み重ねてきた時間のおかげで
見えてくるものってとても尊い。
歳を取れば取るほど選択肢って
増えていくんだと私は思う。
選べることが自由なんだと
言うわけではないけれど
どの道を選ぶのも100%自分の責任なんだと
言い切れる状態はとても自由だ。

そうして私はこれからもますます
自由になる。選び、選び、選ぶ。
人は生まれた瞬間から
死と自由に向かって進み続けているんだ
なんてね、思うとなんだか勇気が湧くよ。



| ;) | comments(0) | -
そして私はどっちも欲張る。
たとえば気になるお店を見つけて
「素敵ね、いつか行けたらいいなぁ」
なんて言ってる間にもう行くの。
素敵と思ったらすぐ行くの。

もちろん話を合わせることくらいはあるし
自分が本気でピンときたときに限るけど
私は言うのも動くのも好き。

だから言葉が出てからしばらく動いてない人を見ると
「あぁ、本気じゃなかったのか」って納得する。
もちろん本気なら何でも叶えられるなんて
思っているわけじゃない、けどね
少なくとも本気にならなきゃ
何ひとつ叶えられないんじゃないかしら?

「やりたいなぁ」じゃない、「やる」の。
なんて、ブルゾンちえみ、みたいだね。
本気で動くことにしたら
これまで言い訳として並べていたものが
すべて言い訳にはなっていなかったことに気付く。

もちろん、どっちが良いとか悪いとかじゃない。
「やりたいなぁ」っていう夢の中で生きるのも
「やる」っていう現実の中で生きるのも
どっちも正しくてどっちも素敵だ。
そして私はどっちも欲張る。
夢を現実へ、今日もせっせと送り込みましょう。


| ;) | comments(2) | -
小さな宝物みたいな瞬間を。
私は旦那さんから、小さな宝物みたいな瞬間を
いっぱいもらってるんだなぁと思うこの頃です。

ささやかだけどキュンとしたり
そのあと数日ウキウキしたり
デートの約束をすればそれこそ
楽しみで楽しみですぐニヤけます。

こんなにしあわせな毎日を送らせてくれて
本当に、ほんとうにありがとう◎


| ;) | comments(0) | -
それが結局は幸せへの近道。
大人になってからの私史上最高に
痩せています、今。

食事と運動をとにかくバランス良くする
というダイエットが私には向いているようで
踏み台昇降運動を毎日やって
標準カロリー内に食事をおさえて
たったそれだけなんですけどね。
面白いほどスルスル痩せます。
去年不眠やら何やらで5kgほど太ってしまった分は
すでに取り戻すことができました。

今はこのまま美容体重をキープしたい。
今年に入って白ご飯をもち麦ご飯に変えたり
ホットヨガの体験に申し込んだり
美容と健康に気を使うのが
さらに楽しくなっています。

胸を張って好きと言える自分でいること。
それが結局は幸せへの近道。


| ;) | comments(0) | -
気付けばもう大晦日。
気付けばもう大晦日。
今年はどんな1年だったかなぁ。

まずたくさん旅行したね。
仙台に奈良に長崎に岡山に念願の宮古島!
浴衣も水着も無事に着れたし
ライブも毎月1,2個ペースで足を運んで
エンタメが充実してました。

その反面、夏から一気に体調を崩して
これまでになく苦しい思いもした。
今もまだ全快したわけじゃないけど
これから先身体は老いる一方だし
もうこれで万全です!なんて言える日は
きっと来ないのだろうから。
いつでも今がベストなんだと思う。
少なくとも自分のしたいように動けないことを
体調のせいだとは思わない、絶対。

そうやって自分にムチ打てたから
たくさん楽しいことができたわけだし
仕事に対してもかなり手応えを感じることができた。
毎日タリーズとお気に入りカフェで
交互に入り浸ってたくさん書いたなぁ。
目標にしてた月収も達成したし
何より仕事をするリズムがとても心地よくて
ずっと平日が続けばいいのにって思った。

来年もそのリズムの中で
楽しく仕事していきたい。
来年はね、いつものように厳密には
目標を決めないことにしたのです。
それよりもっと流動的に
その時々の自分が1番心地良く過ごせる
マイルールを考えていけば良い。

まずは積極的に仕事することと
夜中の過食をせめて今の半分にすること。
去年から今年にかけて結構理想まで痩せたんだけど
体調を崩してから食べることをやめられなくて
それが自分の首を絞めてるんだよね。
だから来年はちゃんとやめたい。

来年もまたワンランク上の自分に
出会うことができますように。


| ;) | comments(0) | -
またしても思い知らされました。
平日は毎日、カフェに行くようになりました。
そのほうが仕事がはかどるし
じぶんの気持ちも上がるからです。

そして私、すごいことに気が付きました。
27歳のときに立てた
なりたいじぶんへの長期計画(5年版)に
毎日カフェでほっこり
って書いてたんですよね。
思い出して、叶ってるじゃんって
結構びっくりしたんですよ。

普段は意識の上になくても
1度こうしたい!って強く思ったことは
潜在意識に刷り込まれているんだなぁと
またしても思い知らされました。
私の潜在意識には、あといくつの
こうしたい!がスタンバイしているのでしょうか。
もはや私には分からないけれど
またいつか「やぁやぁそうだったね!」
と思い出せる日がくることを
私は心待ちにしています。


| ;) | comments(0) | -
(C) 2017 ブログ JUGEM Some Rights Reserved.