2018/05/20 (Sun)

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2014/08/03 (Sun) 21:19
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私は基本的に
ひととひとが理解し合えるとは
思っていない。
血の繋がった家族でも
愛を誓い合った夫婦でも。


世の中には理解し理解されることに
重きを置いている人たちが溢れていて
いつもわりと驚いてしまうけれど
理解できるかどうかよりも
理解できなくても好きでいられる関係のほうが
尊いと思うんだ、だってそれは
肌と肌のふれあいのように
感覚だったり直感で
なんかよくわかんないけど好き、ていう
そういうことでしょう。
それってかけがえのないことでしょう。


あれこれ理由をつけた「好き」は
その理由が消失してしまったとき
どこへ行ってしまうんだろう?
周りのひとの話を聞いていて
なんとなくそう、思うことがある。
優しいから好き、趣味が合うから好き、
お金持ちだから好き、なんでもいいけど
優しくしてくれなくなったら
相手がその趣味をやめてしまったら
どうするのかな、別れるのかな。
もちろん「好き」ってそんな1本の
単純な線なわけではないから
ほかの線で繋がれていれば
問題ないっていう
そういうことなんだろうと思う。


私は彼と特別趣味が合うと思わないし
価値観だってところどころ真逆だ。
性格や考え方だって
10年の間にどんどん変わって
彼なんて本当に驚くほど変わって(笑)
それでも変わらず一緒にいるのは
中身がどうこうではなくて
存在していることそのものが
愛おしくてたまらないからなんだと思う。
ひとつ前の記事とまったく同じ
結論になってしまっているけれど。
例えるならお互いがお互いの
我が子みたいな、そういう感覚。
母親は子どもがどんな性格だろうと
何をしようと、たとえ罪を犯そうと
子どものことを愛さずにはいられないでしょう。
私は子どもを持ったことがないから
わからないけど、でもたぶん
それとよく似ているんだろうと思う。


曖昧でぼやけたものの中にこそ
物事の本質はある、の法則が
最近じぶんの中で
当てはまることばかり。
大切なものは目には見えないし
そんな、はっきり
言葉にだってできない。
物事の本質と向き合うとき
五感はちっとも役に立たない。
日々の中の「なんとなく」をその都度
丁寧に拾って、よしよしって撫でて
大切にポケットにしまっていきたいと思う。
そうやって集まったものが
きっといつかの、私の答えだ。



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2014/08/03 (Sun) 02:38
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私は恋愛相手に求めるものと
結婚相手に求めるものが
完全に一致しているけど
世の中にそうじゃないひとがいることも
もちろん知っている。
打算とか妥協とか条件とか
大いに結構だと思う。
じぶんがしあわせになるための
駆け引きを貪欲にできるひと
私はとても、好きだ。
でもそういう駆け引きをするひとが
実際にしあわせでいるところを
私はたぶん、見たことがない。
私の周りに偶然いないだけだと思う。
人は少なからず、計算する。
けれど私はやっぱりどうしても
ひとは条件と結婚するべきではない
と思ってしまう。
ひとは人間と結婚するべきだ。
もちろんこれは綺麗事だろう。
でも、綺麗事だって現実になる。
自分がそう、しようと動けば。
私はそう、しようと特別
意識してきたわけではないけど
実際彼が無職だろうと
身体が弱かろうと
趣味や価値観が違おうと
「好き」に対しては何の揺らぎもない。
彼の中身ではなくて
存在そのものが、愛おしいから。
そんな彼ともうすぐ結婚できること
私は心から、しあわせに思う。
岡山のおじいちゃんに会いに行ったとき
yukoちゃんは本当に昔から
幸運に恵まれている、と言われた。
本当にそうだと思う。
幸運の女神がじぶんに微笑むこと
取り立てて特別なことだと思ってこなかった。
それくらい私はツイていた。
その中でも1番のラッキーは
やっぱり彼に出会えたことだと思う。
これからだって私はいくつもの
幸運に出会いながら生きるだろう。
だけど私は1度だって
幸運を待っていたことなんてない。
ふと振り返ればあれもこれも
幸運だったなあとしみじみする。
きっとそれくらいがいいのだと思う。
きっとこれからもそれくらいで
生きていけばいいのだと思う*






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2014/06/27 (Fri) 22:35
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近況を少し。
ライター活動を始めてから4ヶ月が経ちました。
恋愛コラムから観光ガイドから
行ったこともない世界遺産の解説から(笑)
車の機能説明から美容体験談から
ドラマロケ地のまとめ作成から
本当にいろんなお仕事をさせてもらって
ライティング以外にも
インタビューのテープ起こしとか
パワーポイント資料作成とか
そういうビジネスサポートみたいなことも
ちらほらとやっているのですけれど
その中ですごく思うのは
やろうと思えば何でもできるっていうこと。


シンプルすぎてばかみたいだけど
本当にそう実感したんですよ。
それは仕事の内容にしてもそうだし
本業の会社員としての仕事と
日常的な家事と
彼や友だちとの時間と
それらすべての両立にしてもそう。
やりたいという熱意に勝るものはないし
もしじぶんのやりたいことを
その理由が能力であれ環境であれ
「できない」と感じるのだとしたら
結局そこまでの熱意だったということなんだと
思います、私はとても。
そして直感が「できない」と告げるのだとしたら
いくらやりたくてもやらないほうがいいでしょう。
熱意はあったほうが良いとか悪いとかいうものではない。
けれど、想いがないと物事は続かない。
そして想いとか熱意とかいうのは
「私はこんなに熱い想いを持ってるんです!」
「すべてを捨ててでも叶えたいんです!」
というものではなくて
今持っているものの上にプラスされるべきものだと思う。
つまり、自分のキャパを増やすものであるべきだと思う。
いまが10で手一杯だけど新しくやりたいことがあるから
10のうちのどこかを犠牲にしますというのを
熱意だなんて私は呼べない。
熱意があるなら自分を10から15に増やすんだよ。
それが「無理」じゃないから熱意なんだよ。
そう思うのですよね。


それとは別で
そこまでの熱意は持てないけど
どうしても叶えたいことがあるんだという場合に
何かを諦めたり手離したりすることを
私はとても真っ当なことだと思います。
甘いなあとも思います。


そんなこんなでとても楽しくやっています。
2014年も折り返し地点ですね。
また目標の振り返りでもやろうかな。



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2014/06/24 (Tue) 18:10
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私の待ってる未来なんて
いつまで経っても来ないよね。
ベルトコンベアはだいぶ昔に
卒業したつもりでいたけれど
また気付けば甘んじていた気がするよ。
楽なほうへ楽なほうへと流されていく。
それはなんにも、悪くないよ。
けれどそうして流されてきた未来は
やっぱりせいぜい
悪くないよレベルなんじゃないかと
思ったりもするよ。
未来は大切なお客さまなのだから。
ちゃんと私から、迎えに行ってあげなくちゃ。
あなたのためにこんなにたくさん
素敵なものを揃えましたよって
見せてあげられるようにいまを生きなくちゃ
つまらないんじゃないかなって
ふと思ったんだ。



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2014/05/13 (Tue) 22:41
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yukoはしあわせのピラミッドの頂点だよと
彼が言った。
じぶん以上にしあわせなひとは見たことないから
あながち間違いではないのだろうけど
正解でもない。
だってその山は私の山だもの。
みんなそれぞれ、各々の山を
登っているだけなんだもの。
そうでしょう。


1番になることなんて至極簡単だ。
じぶんだけの山に登ればいい。
私しか登らない山で
私が1番になるのは当然で
私はそういうちいさな世界を
とてもとても、愛している。


いろんなことを語れば語るほど
私は他人を遮断しているのだなあと思う。
いろんなひとから優しいねと言われるけれど
それは私がほかの誰とも
同じフィールドに立っていないからだ。
じぶんの関心のないことに対しては
ひとはいくらでも優しくなれる。
ほんとうは誰だってそうだ。
何も私が特別なわけじゃない。


ここ数日は人生のスランプで
それは別によくあることなのだけど
いつもよりひときわ、ぼんやり過ごした。
だけど今晩、急に晴れて
ああ大丈夫だと思えた。
これも別によくあることで
私のスランプは
入るときも、出るときも
きっかけとか、特になくて
じぶんの中で何かが少し
傾いたり光ったり
ざらついたり凪いだりするだけ。
私に起こる出来事はすべて
私の中で完結している。
すごく閉じた世界に生きているなと思う。
だけどそれが愛おしくて
たまらないなとも思う。
どうしようもない自己愛者だ。
だけどだから
たまらなく、しあわせなのだ。


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2014/04/18 (Fri) 20:25
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真実はいつもひとつじゃない。
事実から何を選び取るかで
認識なんていくらでも変わる。
私はじぶんにとって都合の良いものを「真実」と呼ぶ。
あるひとにとって
私はとんでもない嘘つきかもしれない。
だけどそれでいいと思う。
すべてのひとが同じ真実を抱く社会は不気味だし、
そこには余白がない。
余白のない社会は脆い。
そこでは誰も、はみ出せない。
じぶんの意思であろうとなかろうと
はみ出したひとの居場所すらない
社会だなんて、思いたくない。


私はじぶんがはみ出していると
思ったり思わなかったりして
これまで生きてきたけれど
その感覚はとても平均的なものだったと思う。
疎外感や孤独感は世間ではわりと
マイナスのイメージで語られるけれど
あぁじぶんははみ出しているなと思う瞬間ほど
じぶんの存在感を強く、自覚するし
そうして肥大しすぎた自己感に耐えられなくて
自ら命を絶ってしまうひとだっているけれど
じぶんをじぶんと意識することは
決して悪いことではなくて
少なくとも私にはとても必要な時間だった。


逆に言えば
はみ出したところからが本当の勝負で
そこで見つけた私は本物だ。
私は普段、私のことをまったくわかっていなくて
私が本当に望む結末を導けるような
道を選んであげられているのか
ふと疑問に思うこともある。
いろいろなひとと向き合う中で
そのひととじぶんの違いを見つけたとき
私とはそういう人間だったのかと
気付くことがあるけれど、そんなふうに
はみ出すことは必ずしも悲劇を伴うわけではなくて
ひとつの私に出会うチャンスでもある。


他者に認められれば認められるほど
薄まっていく自分の存在感に
ホッとすることもあれば
群衆からはみ出せばはみ出すほど
強まっていく自分の存在感に
確かな自信を抱くこともある。


どちらが良い、ということではない。
ただそれを知っておくことで
変わる世界もあるというだけの話。


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2014/04/10 (Thu) 00:29
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しあわせだと思えば思うほど
いつ背中からナイフで刺されたって構わないと
思えるような生き方をしなくてはと
必死になってるじぶん、滑稽。
たとえそれほどまでの恨みを買ったって
貫き通せるじぶんがあるのはカッコ悪いけど
私はそういうの、大賛成。
世間に恥じない生き方なんてしたくない。
じぶんに恥じない生き方をしたい。
つまるところ、それなんだと思う。


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2014/04/04 (Fri) 19:54
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たかが言葉、されど言葉だ。
私は言葉が好きだから
特にそう思うのかもしれないけれど
なんでも言葉にしてみることは大事で
言葉にするとその本質が失われてしまう
そんな気持ち、たくさんあるけど
それでも伝えてみようともがくことが
愛かもしれないなんて思ったりする。


言わなくてもわかってくれる
その関係性は尊いものだけど
私は別に、沈黙を金とは思わない。
愛してるとか好きだとか
ごめんねとかありがとうとか
自分の発した言葉が空気を震わせること
その音が相手の耳に届くこと
そこで何かしらの感情が芽生えること
美しいと、私は思う。


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2014/03/21 (Fri) 23:47
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こんなにスプラッタが苦手な私でも
たまにひとを滅多刺しにしたいと思うから
通り魔殺人って意外と理解できる。
そういう気持ち、誰でも持ってる。
特定のひとにはできない。
名前も知らないひとだから傷つけたいと思う。
それってただの想像力の欠如で。
私はそう、わかっているから誰も刺さない。
それだけのことのような気がする。
世の中の道徳や倫理観に惑わされて
思考を停止してしまうほうが危ない。
じぶんの中に、ちゃんと根拠を持たなくちゃ。
何だってそうだね。
だけど本当は逆かもしれないとも思う。
理由なんてないまま生きていけるのが1番で
探すことを思いつきもしないことが
本物のしあわせだと思う。
理由を探してこじつけたがるのは
不安や不満を抱えている証拠。
探し物なんて、無いに越したことはない。


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2014/03/20 (Thu) 23:51
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人生は洗脳だ。
私はたぶん、ナルシストだ。
その代わりいつだって強烈にしあわせだ。


正直いますごくじぶんに自信があるし
今まで選んできたものを
じぶんにとってのベストにできるような
生き方をしてこれたと思ってるし
これからどんな選択をしても
またそれをじぶんの手で
最大限まで楽しくてドキドキして
しあわせいっぱいなものにできるって
感じてるし、実際そうだろうって
ごくごく当たり前のこととして思う。


私はじぶんを肯定しすぎるし
それを隠すこともあまりしない。
気持ち悪くて引くでしょう。
それすらもどうぞどうぞっていう気分。
それなのに昔からぜんぜん
明確な嫌悪を向けられたことがなくて
いじめとか陰口とか
される側には不思議なくらい縁がなくて
みんなほんと優しいなって思う。
少なくとも私が気づかないところで
やってくれてるってことでしょう(笑)


私は心からじぶんが好きだし、誇りに思ってる。
だから、同じように
私を好いてくれるひとのことは
無条件で大好きだし
どんな形でも
私と関わろうとしてくれる人に対して
愛おしさを感じることができる。
信頼もできる。


じぶんに対してできないことなら
他人に対してだって、たぶんできない。
大切なひとにしてあげたいことがあるなら
まずはそれをじぶんに対して
できるようにならなきゃね。
愛すことも、信じることも、頼ることも
ぜんぶそうだと思うんだ、私。


じぶんができないことを他人に求めると
良くも悪くも依存になるでしょう。
私は依存も好きだよ。だけど。
いまはそうやって寄りかかるよりは
じぶんの中から湧いてくるあたたかなものを
大切なひとと分け合いたいと思う。


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